テンスとアスペクト
- 初版:2013年09月29日
- 更新:2021年07月13日
テンスとアスペクト
イジェール語では相と態を動詞末尾の-eを変化させることで表す.ここでは,相について説明する.
テンス
イジェール語には時制がなく,その時点で状態が終了しているか否かを判断して適切なアスペクトを用いる.その際,時間を示す記述詞や句を伴っていない場合は,現在であることが含意される.つまり,開始相を用いた場合は「今まさに開始時点である」ことが,進行相を用いた場合は「今まさに状態遷移中である」ことが含意される.
アスペクト
基本アスペクトは原型(無相),未然相,開始相,進行相,完了相,状態相,完結相,経験相の8種類ある.これらのうち,開始~状態は事象の内部局面を表す相であり,未然・完結・経験は事象をより広い観点から見た相である.
相の名前 | 活用語尾 | 意味 |
原型(無相) | -e | ~する |
未然相 | -destin | ~し出す前である |
開始相 | -des | ~し出す |
進行相 | -ettin | ~し出して,状態遷移中である |
完了相 | -et | ~の状態遷移が完了し,状態が始まる |
状態相 | -etra | ~の状態である |
完結相 | -ittera | ~の状態が既に終了している |
経験相 | -ar | ~したことがある |
原型(無相)を用いるのは,事象の局面に特に注目しない場合と,事象の局面が定まらない場合のふたつである.前者の例としては,時間によらない真理を述べる場合や,動作そのものを指示対象とする場合などが挙げられる.後者の例としては,習慣的・周期的に行われる場合や,伝聞で今どのような状態かがわからない場合などが挙げられる.
図示すると上掲のようになる.過去には-itteで表される終了相が存在したが,現在は廃用である.状態が終了した瞬間を指す機会は少なく,実際の使用局面では「既に終了してある状態」を指す事のほうが多い.これに対応するのは終了相ではなく完結相であるため,終了相は用いられなくなった.
ある動詞が終了する局面について述べたい場合は,状態遷移の方向を反転させる接頭辞am-を用いた動詞を使用する.例えば,saime「泳がせる」に対して,amzaimeは「泳ぎ終わらせる」に対応する.
イジェール語の動詞は基本的に状態遷移動詞である.状態遷移動詞とは,対象の状態をある状態から別の状態に変化させる動詞のことを指す.例えば,saimeは「泳がせる」という動詞だが,正確には「対象を水泳状態に移行させる」という意味を持つ.このため,完了相は「対象が水泳状態に移行完了した状態」と言う意味になり,日本語で言う「泳ぎ始める」は完了相となる.同様に,akzeは「出発させる」を意味するのが,正確には「対象を出発状態に移行させる」という意味なので,完了相は「出発状態への移行が完了する」となり,日本語では「出発した」に対応する.日本語の動詞とイジェール語の動詞では,定義の中心がずれていることに十分な注意が必要である.
例
- Ref mas’uu maretra. | 私は放送を見ている.
- Ref mas’uu mardes. | 私は放送を見始める.
- Ref mas’uu marittera. | 私は放送を見終わっている.
- Ref mas’uu mardestin. | 私は放送を見る(まだ見ていない).
- Ref ze mas’umu mare u reeke. | 私は放送を見るのが好きだ.
- S’af ze mas’uu mare u tiret. | 彼は放送を見るのが好きだと(今まさに)言った.
- S’af ze mas’uu mare u tirittera. | 彼は放送を見るのが好きだと(過去のある時点で)言っていた.
完了相と完結相
イジェール語では,動作が終了してその影響が残っているかどうかに注目する場合は完了相を用い,影響が残っているか否かにかかわらず,動作が終了済みであることを示すときに完結相を用いる.
日本語の過去には完了と完結の意味が混ざって存在しているため,翻訳の際には注意が必要である.
瞬間動詞と非瞬間動詞
イジェール語の状態遷移動詞は2種類に分類でき,瞬間動詞と非瞬間動詞に分類される.例えば,saime「泳がせる」という動詞は,「泳がされた状態」への移行段階がなく,泳ぎ始めた瞬間に泳ぎ状態への移行が完了する.ゆえに,瞬間動詞となる.一方でansere「成形する」という動詞は,「成形された状態」に至るまでの途中段階が存在する.このため,非瞬間動詞となる.瞬間動詞は開始相と進行相を欠き,開始前である未然相の次の段階は完了相となる.
しかし,友人に「もう泳いでる?」と聞かれて,現在着替え中のときに「泳ぎ始めようとしてる」と返答することはできる.「着替え」は厳密には泳ぐこととは無関係ではあるものの,ざっくり捉えれば泳ぐという行為の一段階と捉えることもできる.話者がこのように捉えた場合,saimeは瞬間動詞ではなくなり,開始相と進行相を取ることができるようになる.
このように,瞬間動詞と捉えても問題ない動詞をわざわざ非瞬間動詞と捉えて開始相や進行相を用いると,開始相や進行相を状態遷移に時間がかかるため時間がかかっても仕方がない,時間を稼ぎたいと言う意図が伝わることになる.
新出単語
品詞 | 単語 | 音素 | 発音 | 意味 |
名詞 | mas’u | /mAs’u/ | マーシュ | 放送 |
動詞 | tire | /tIre/ | ティーレ | (内容を)言う,話す |
動詞 | saime | /saIme/ | サイーメ | 泳がせる |
動詞 | akze | /Akze/ | アークゼ | 出発させる,向かわせる |