Starlight Ensign

「My Humanity」 あらすじ・感想(2)

【My Humanity/長谷敏司 著】を読み終わった.BEATLESSの著者の作品.この記事の続き.

本作品は短篇集で

  1. 地には豊穣
  2. allo,toi,toi
  3. Hollow Vision
  4. 父たちの時間

の4篇構成である.この記事では後半の2篇について,あらすじと感想を書いた.

ネタバレを含むので格納.

Hollow vision

先に言っておくと,【BEATLESS】と同じ世界を舞台にしたスピンオフ作品である.

あらすじ

ヘンリー・ウォレスは軌道上の工業地帯を股にかけるビジネスパーソンである.彼の目線で物語は進む.この時代,既に軌道上にはコロニーが複数あり,高度な工業生産品は軌道上で作られている.宇宙生活者も存在するが,その数は地上生活者に比べて圧倒的に少ない.数の差は需要の差を生み,需要の差は文化の差を生む.過酷な環境に文化を剥奪された宇宙生活者と,豊かで莫大な需要を持つ地上生活者には,文化的な格差があった.文化を育むには,安定した生活と高度コンピュータが必要である.つまり,高度コンピュータを宇宙生活者が持つことは,地上生活者のコントロール下から離れることを意味するのだ.

ヘンリーは,そのための高度コンピュータ密輸案件に対処するために宇宙に来ていた.つまり,本当の身分はビジネスパーソンではなくIAIA(国際人工知能機構)の工作員なのだ.ファッションショー用の液状服と偽って密輸されようとしていた高度コンピュータは,彼が押収する前に別の集団に奪取されてしまう.彼はその「海賊」を追ってコロニーへと向かう.高度コンピュータを奪取した海賊は,人格をデータ化したオーバーマンだった.オーバーマンはこの世界では存在するだけで違法である.ヘンリーは海賊の人格バックアップを物理的,電子的に破壊し,海賊との戦いに臨む.一方,ヘンリーと海賊の戦いの裏では,IAIAの超高度AIアストライアを中心に,複数の超高度AIたちも動き始めていた.彼らはこの事態を収拾する最も効率のよい方法を瞬時に計算し,実行する.その作戦とは,海賊の居るコロニーをまるごと巨大な繊維で包み込むというものだった.この方法ならば,海賊に逃げられる心配もなく,住民の殺傷やデブリの放出は最小限で済む.

AIの指示で脱出したヘンリーは,キャンディーのように包まれて破壊されていくコロニーを見ながら思う.自分の役割は,AIが現地の状況を探るために遣わしたデバイスでしかなかったのではないかと.彼は人類の手を離れていく巨大な破壊の前に,AIに対するささやかな反抗として,キャンディーラップにデザインを描き込むことを思いつく.

感想

この話はBEATLESSと合わせて読む必要があると思う.BEATLESSでは主人公の底抜けの「チョロさ」によって,超高度AIとの共存は夢物語のように描かれがちだった.人間の制御下を抜け出す可能性はあっても,それは人間の猜疑心や,人間同士の闘争に端を発するものであるような書き方をされていた.しかし,この作品におけるAIは,完全に人類が考え得るスケールを超えた存在として描かれている,これは,この作品世界の別の側面を表していると同時に,主人公に主体的な「願い」がなければ,用意に機械の走狗となってしまう時代であるという事実を示しているのだと感じた.

合わせて読めば面白い作品だが,オチは少々わかりにくい.デザインを持ち込むことは人間のみにできる文化的行動であり,だからこそAIへの反抗になるというニュアンスの結末だと思う.しかし,アナログハックという形で,人間の心にも干渉できるほどの能力を手に入れたAIならば,デザインもこなしてしまえるのではないかと感じた.勿論,人類がデザインを要請すればの話だが.

父たちの時間

あらすじ

原子炉の廃棄にクラウズと呼ばれる自己増殖ナノマシンが用いられるようになって,12年が経っていた.ロボット管理者の持田祥一は「クラウズの効率的な大量破壊法」を専門とする研究者だった.近年はクラウズが原因とみられる濃い霧が発生するようになっており,元妻に引き取られた祥一の息子,直樹は霧を怖がるようになっていた.しかし,祥一は仕事人間で,直樹を勇気づけることも,積極的に連絡することも出来ない.彼はどうすれば理想的な父親としての振る舞いができるのか,わからないでいた.

ある時,クラウズに突然変異が起こる.それは,ナノロボット同士の捕食現象だった.その機構はクラウズ自身の自決機構を流用したもので,発展性のある危険なものだった.クラウズの霧は世界中で見られるようになり,このロボットへの対策は世界中で行われるも,成果を挙げられていなかった.むしろ,対策を生き延びた個体の情報が受け継がれて,加速度的に進化が進んでいた.クラウズはさらに進化し,共食いせずに海泥から養分を吸い上げる珊瑚のような形態になる.人類が混乱に陥り始めた頃,社会学の専門家である劉がチームに加わる.彼女を加えて,人間に有用な変異をクラウズに植えつけることで,クラウズを統制しようとしているのだ.劉は更に進んで,クラウズに感覚をつけ,人間が居住しない高放射線環境を好んで住むように社会化しようと画策する.

しかし,そういった研究は当然他国もやっていることだった.クラウズは魚のように泳ぎ始め,性差を身につけて有性生殖まで行いだしているという.そのことを知った政府による諮問の帰りに,直樹の見舞いに寄った祥一は,息子が原因不明の病で余命1年であることを知る.父として,自分が何もしてやれていなかったことを再認識した祥一は,劉から「原始的な社会では,生殖も食料採取もメスが行っていた.オスは闘争と生殖の際に必要なだけで,時間的余裕が大きく,オスの死による集団へのダメージもメスよりも小さい.このため,オスはディスプレイ行動等を起こす」という話を聞いたことを思い出す.病院からの帰りに,10メートルクラスのクラウズが,海岸でジャンプしているさまを目撃した祥一は,これがディスプレイ行動をしているオスであると思う.本当は生殖の時間を除いて存在する理由がないオスが,自分の価値をアピールする様子を見て,自らが存在価値を証明するために仕事に没頭してきたのだと悟る.

感想

クラウズが変異するたび,その機構の解説が行われる.そういった状況描写に気を取られていると,一見ナノマシンによる脅威を主軸においた作品に見える.しかし,実際には「父親とは何のための存在なのか」ということが主題となっている,入り組んだ作品だった.仕事人間で,言い訳をしては家族を避けていた祥一が,仕事上の必要で研究し続けていたクラウズから「父親とは何なのか」についての啓示を受けるというのは,かなり象徴的だ.結局,作中ではナノマシン禍は終結の見込みが経っていない上,家族関係も良化していない.それでも,読み応えがあって面白い作品だと感じた.


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