Starlight Ensign

現世と常世、死生観

  • 初版:2021年05月16日
  • 更新:2021年05月17日

イジェール王国の国教であるアルザフィーレ教の教義では、神話の物語は事実であるが、この世界における出来事ではないとされる。

神話における物語は霊的世界における実話であり、我々の肉体が生きる世界は別にある。人々の意識はmisavaの呪いに埋め尽くされた棺に閉じ込められており、霊的世界においては死んでいる。眠り続ける魂nirが、物的世界における我々の物理的mentに投影されることで、現世における意識が生じるとされている。nirとmentを接続する鎖のことを、srarifaと呼ぶ。人は肉体が死ぬと霊的世界へ意識が帰還すると考えられている。

もともと意識と肉体が必然性を持って対応しているわけではないので、死後の肉体へ意識が再び戻ってくることを重視しない。したがって、遺体の保存を重視しない。

生物と非生物の差は、nirが投影されているかどうかにあると考えられるのが普通である。主流派解釈では、nirが投影されるmentとは、思考の主体となる器官のことであり、人間においては脳である。植物には脳はないが、外部刺激に対して応答するのでnirが投影された生物であると考えられる。厳格になっていくに従って、植物を除外する解釈、人間以外の動物を除外する解釈、すべての生物を除外する神話否定解釈があらわれる。

nirとmentは常に一対一対応しているものではなく、時が来れば繋がりは断たれる。主流派解釈では、老衰や事故等の死因によらず寿命は定められた運命であり、現世の我々には死する時まで寿命はわからない。nirとmentの繋がりが絶たれることは魂の死を意味しないので、次のmentへとnirが健やかに旅立てるように、葬送の儀式を行う。これが彼らにとっての葬儀の意義となる。残った体をmisavaに還すという目的で棺を船外へ放出する宇宙葬がもともとのスタイルだが、現在は象徴的に天に向かって空砲を撃つのみである。

したがって、残されたmentを含む肉体の扱いについては多少の改変があったとしても問題はないとされる。肉体にまつわる儀式はあくまでnirの安息のための付加的な儀式であり、信仰の根幹に関わる部分ではないとされるからである。