「My Humanity」 あらすじ・感想

【My Humanity/長谷敏司 著】を読み終わった．BEATLESSの著者の作品．

この人の作品はBEATLESSに続いてふたつ目だけど，言語と認識に関わる話に傾倒しつつ，化学的・社会的な機能や役割に落とし所を求めていく手法は伊藤計劃とかなり似ている．言葉へのこだわりが強い部分や，機械と人間の違いを克明に描く点は神林長平とも似ているけど，落とし所をどこに求めるかは大きく違うように思う．

本作品は短篇集で

1. 地には豊穣
2. allo,toi,toi
3. Hollow Vision
4. 父たちの時間

の4篇構成である．この記事でははじめの2篇について，あらすじと感想を書いた．後編はこちら．

ネタバレを含むので格納．

地には豊穣

あらすじ

脳内の状況をスキャンし，他人の脳内に再現することで経験を直接伝達できるITPという技術を中心とした話．英語圏を中心としたITPの発展により人類が均質化されることへの危惧と，文化の価値についての，主人公ケンゾーの考えの変遷をたどる．

ITPは英語母語話者の脳を想定してマッピングされているので，他言語話者の脳に適用するには調整接尾辞（アジャスタ）が必須となる．ケンゾーと同僚のジャックは日本文化調整接尾辞の開発グループに所属している．ケンゾーは文化が平均化されてなくなってしまうことは，得られる便利さと比較すれば取るに足らない犠牲であると考えており，文化による差を出来る限り維持すべきだとするジャックとは意見が合わない．しかし，日本人の被験者のひとりである音一郎氏とのやりとりを通じて，自らがITPを主導するニューロロジカル社にとって都合のいい，孤独な尖兵であることに気付かされる．そして，自らの拠り所を作るために，ITPを不正使用して「日本人らしい日本人」になろうとする．

最終的に，この話の中では文化の価値についての明確な答えは出ない．しかし，文化というものが容易に潰えないものであろうことは示唆される．人類をグローバルな均質化人にしようとする技術そのものをもって，ローカルな特定文化人にしようとすることもできる．その選択は，個々人に任されているのだから，文化は死滅しない．文化的アイデンティティを何ひとつ失わないことが不可能でも，失ったものを補うことはできるのだというジャックの詠嘆と，謙三によるかつての自分に関する感傷で話は幕を閉じる．

感想

新技術が現れるたび，古い習慣のうちいくらかは不要になり切り捨てられてしまう．しかし，何を切り捨てて何を残すかの選択権まで，技術に奪われるわけではない．脳内の書き換えを可能とするITPの技術は，人間を平均化するのではなく，自らが望む姿へと書き換える技術であるということに気付かされる話だ．このITPに関する設定は，「あなたのための物語」につながっているようなので，そちらも読んでみたい．

allo,toi,toi

あらすじ

小児性虐待者ダニーの思考分析を通して，好き嫌いと行動選択について考える話．後半の展開は半ばホラー．

ダニーは8歳の女児，メグを強姦して殺害した殺人犯である．彼にニューロロジカル社の研究員であるリチャードはITP端末を取り付け，無意識的な好悪の判断を意識的に整理するソフトウェア”アニマ”を導入する．アニマによってダニーは「好きであること」と「行動すること」を「理由」の関係で結びつけることが，脳内の混乱した思考によるものであることを理解していく．

彼は，「女児が好き」「性欲を満たしたい」「異性のパートナーがほしい」等の「好きなこと」が脳内で同じブラックボックスに放り込まれることで，「女児をパートナーとして性欲を満たしたい」という風につながってしまったのだと考える．さらに，そもそも子供を好きだという感情は，「子育てのモチベーションとして，子供を愛せよ」という社会の好悪が反映された結果であり，それゆえ，子供を愛する誰もがダニーのような小児性虐待者になりえるのだという考えに至る．

そのダニーのメッセージを見て，リチャードは娘を見た時恐怖する．自分が娘を「好き」であると感じたこの感情は，小児性愛者のように性欲の「好き」と結びつかないと，本当に断言できるのだろうか？と．

感想

この話は後味が悪く，全体としてじめじめした人間関係の中で展開される話なので，苦手な人は読みにくいかもしれない．社会的に見て異常者であるダニーを生み出したのは，社会が子育てのモチベーションを人に植えつけるための「子供を愛せよ」というメッセージの誤読によるものだ，という解釈はとても面白いと思った．こういった好悪による曖昧な判断をダニーは「狙いがついていない」と表現しているが，まさにそのとおりだと思う．現実にも，虫歯を恐れて歯医者を憎んだり，戦争を憎むあまり軍人を差別したり，そういった「狙いの悪い」事態は多く発生している．子を愛するリチャードと，小児性愛者のダニーを隔てているのは，物理的な距離だけだ，というメッセージは恐ろしい．

長くなったので残りは後編にわける．